田口が恋をした。……らしい。

「それでうわさによると」
「うわさって……おまえが直接聞いたんじゃないんだ」

田口曰く親友の俺でも、彼が恋をしたと聞いたのはこの目の前にいるクラスメートからだ。

「まあな。流れで聞いたからうそかもしれねえけど、一部じゃその話題でもちきりよ」
「ふうん……」
「あれ、東田、あんまり興味ない?」
「そういうわけじゃないけど……あんまり面白くない」
「親友としては、彼女ができるのはたしかに複雑だよな」
「親友……かはわからないけど、俺には彼女つくるの禁止令出してんのに」
「まああくまでもうわさだからな。そんなに気になるなら本人に聞いてみなよ。
そろそろ呼び出しから帰ってくるっしょ」
「あー! つかれた! 東田ー!」

教室の扉には大きく伸びをしながら教室へと入ってくる田口の姿。

「おかえり田口! じゃあ俺は部活行ってくるな」
「なになに、なんの話してんの?」
「東田に聞いて」
「行ってらっしゃーい」

田口は彼に手を振ったあと、俺の元へ近づいた。そして先ほどまで彼が座っていた椅子に腰かけた。

「なんの話?」
「ここじゃ……言いにくい、かも」
「……彼女?」
「まさか」

眉間に皺を寄せた田口の問いに即答すると、彼は満足そうにうなずいた。

「だよな! たしかに東田もてるけどよ、親友だもんな」
「もてないし、おまえが彼女禁止令出したろ」
「まーな」

田口はそう言って歯を見せて笑う。そんな彼を見て俺も笑う。そして椅子から立ち上がる。

「帰ろう、田口」



「なあ田口」

自転車を漕ぎながら、後ろの荷台に乗っている田口の名前を呼ぶ。

「あん?」
「うわさになってるの知ってる?」
「え? なにが? まさか俺と東田のチョメチョメ……」
「まさか」

田口の言葉に即答すると、彼は乾いた笑い声を漏らした。

「うわさってなによ? いつのまに」
「じゃあ知らないんだ?」
「おうよ」
「ふーん……」

目の前の信号が赤色だったので止まる。後ろの田口をすこしだけ見る。そしてすぐ前を向いた。

「聞いただけ?! 教えてくれねえの?」
「いや、知らないほうがいいんじゃ……」
「うわ! 余計気になる! 言ってよう」
「……俺に隠してることないよな」

目の前の信号が青に変わった。ペダルを踏んで漕ぎだす。

「……隠してることぉ?」
「うん。……ほら、俺たち親友なんだろ」
「おうよ」
「だったら隠し事なんてないよな? ほら、たとえば彼女ができたとか」

それから田口が乗る駅の前に着いてしまったいままで彼が声を出すことがなかった。田口を見るため振り返る。

「田口……おまえ」
「ごめんっ!」

俺が振り返ったと同時に田口は両手を合わせて謝りだした。……彼の顔は真っ赤だ。

「え、うそだろ、おまえまさか」
「ちがうちがう! おまえが思ってるようなのじゃなくて」
「じゃあなんだよ、なんでそんなに顔赤いんだよ?」
「彼女はいない。これはほんと。うそじゃない」
「……」
「ほんとだって!」
「じゃあなんで顔赤いんだ?」
「……だれにも言うなよ」

小さい声でそう言った田口は後ろの荷台から降りる。それにつられて俺も降りた。

「耳貸して、耳」
「外せないから無理だ、ごめん」
「真顔でギャグ言うな。おまえにギャグは似合わないっつの」
「そうだな」

うなずいてから、背丈の小さい田口に合わせてすこし背中を曲げる。彼の口が俺の耳に近づく。

「……え?」

曲げている背中を元に戻す。さらに顔が赤い彼の顔を見た。

「じゅうぶんだろ」
「いや全然」
「これ以上なにを暴露すればいいのよ」

田口が俺から視線を外して、口を尖らせた。

「いや……田口が片想いしてるなんて」
「だー! 言うなよばかし田! おまえの名前はいまからばかし田だ!」

田口が跳びはねながら俺の唇を手加減して叩く。

「いたた、ごめん、ごめんな」
「どういたしまして。ばかし田くん」

ごめんという言葉にどういたしましてという返事はおかしくないか。なんて言おうと思ったけど、また叩かれるだろうから黙って、彼を見る。

「……なんだよ、なんだよ。見下すなよ」

相変わらず顔が赤い田口は俺を見上げて睨む。

「うん、ごめんな」

なんだかその姿がかわいくて思わず笑みがこぼれる。

「だー! 笑うな! もういい! 帰る!」

大股で駅のホームへと向かう田口。改札口の前で立ち止まり、振り返って俺を見た。

「自転車ありがとな!」

いまだに赤い顔で、歯を見せて笑いながら俺に手を振ってくる。俺も手を振る。

「おまえの恋応援してるぞ」
「うっるさい!」

そう言って彼は笑う。俺も笑った。相変わらず田口の顔は赤い。彼はもう一度俺に手を振って、改札口の向こうへ歩いていった。

「……春だなあ」

そうつぶやいた俺の頭上には桜が咲いていた。


最初はやっぱり春で^^
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